こんにちは。サロン・ド・サモエド主宰の玄龍です。
TikTokで喋っている玄龍本人です。
いつもご利用いただきありがとうございます。
このWebサイトを設計する最初の時点から、
”有料会員の方だけが読める『社長のつぶやき』”みたいなのを作りたいと思っていました。
この記事は誰でも全文読むことができますが、場合によって「続きを読むには会員登録が必要です」という関門を設けられる仕組みを今回作りました。
なぜそのような仕組みを作りたかったかと言いますと、自分の言葉には価値があると考えており、ならびに気軽に喋っていい内容と、そうでない内容があると考えているからです。
言葉には価値がある
それだけだと「何を傲慢なことを言ってるんだ」といった風に見えるかもしれませんが
実は、これを読んでいるあなたの発言も、これを読んでいないどこかの知らない誰かの発言も、すべて『価値をつけようと思ったら価値を帯びるもの』です。
誰もが日頃から、意見を持ち、感想を抱き、思ったことを口にしたり、SNSへ投稿したりることを、気軽にしていると思います。
かくいう私も、昔からそういった『情報発信』や『意思表明』といった行為が好きなほうで、実は今こうしてブログを書くことも「楽しい」と思っています。
しかし私は近年、それらを殆どしなくなりました。
「無料でそんなこと、してやるものか」
という価値観に、年々変わっていったのです。
大きなきっかけとして挙げられるのは2つ。
- AIの普及
- SNSの利用層の変化
です。
AIの普及による影響
誰もが知る「AIといえばアレ」の多くは、私たちがインターネット上で行う発言や会話を学習材料にして、バキバキに頭が良くなっています。
『博識な方による貴重なお話』はもちろんのこと、『私たちの日常会話』や『愚痴・ぼやき』さえ学習材料として吸収しています。
ということは、AIからすると私たちの発言はすべて学習材料であり、価値あるものどころか欠かせないものとまで言えるでしょう。
そんな価値あるはずの発言を、私たちはSNSでペラペラ気軽にしゃべることで、AIに無料提供している……と言えてしまうかもしれません。
ただ、今回私が語りたい価値の本筋は、そこではありません。
想像してみて頂きたいのですが…
専門家として色々つぶやくSNSアカウントも、平凡なことをつぶやく一般のSNSアカウントも、それらは本物の人間がやっていたとしても、あるいはAIが演じていた架空人物だったとしても
もはや今の時代、ぱっと見分けがつかないのです。
つまり、人間の代替品が生まれたのです。
これを意識すると、私の価値観では
「本物」の希少価値が、より上がるのです。
こちらが私の語りたい本筋です。
これについて、多くの方は勘違いをします。
『代替品が量産できるようになったら、本家はいらない』と。
AIに仕事を取られるだのシンギュラリティだのといったゴチャゴチャした話になります。つまり大まかに言って、AIによる高性能な代替えの登場によって、ヒトの所業の価値が下がるものだと勘違いをするのです。SNSやメディアの刷り込みによる思い込みの影響も大きいと思いますけど。
しかしそれは違います。
代替品の普及によって本家の価値が下がるという道理は、本家がマジのポンコツだった場合のみの話です。
そしてマジのポンコツなんてこの世に滅多にいないはずなので、多くの場合、本物の存在は価値が高まる一方なのです。
「本物」の価値は高まる一方である
世間には、「AIに造らせたものは何か嫌だ」とか「AI産は違和感がある」とかいう具体性のない漠然としたマイナス感情を抱き、それゆえとにかく本物にこだわる人が、少なからず存在します。
そういう意見が出てくるのは、本物にしか出せない魅力というものが確かにあるからです。AIが完璧なのであれば、先述したような具体性のないマイナス意見は出てこないはずですから。
よって、本家が堂々と本物であり続けるのであれば、代替品が普及すればするほどに、むしろ価値が高まるのです。
いわゆる人間による生の声や、本物から自然に発生する意見や感想というものは、普段SNSに壁打ちするようなものですら、本物としての価値を持ちうるのです。
極め付けに私はといえば、美しい生き方をする人間として在れるよう、自分なりに日々めちゃくちゃ鍛錬していますし、どう考えてもAIで代替えできない存在である自信さえあります。
また、ブログを書くなどして意見を発信する行為そのものを楽しむことができる存在であり、無益なことをぼやくつもりはなく、むしろ熱意を持って意見を伝えるべく丁寧に文を書いています。私がこうして愛を向けているからには、いつか他人の人生を動かす奇跡さえ生むでしょう。
そんな私が情報を発信するなら、それは
「どう考えても安売りするもんじゃない」
と思いますし、
当たり前に無料で陳列されているネットの文章と同等に扱われるのも納得いかないですし、今やそのフィールドにはAIによる産物も紛れ込むようになってきたのですから
「無料でそんなこと、してやるものか」
と思うのでした。
美しいあり方を
私に限らず誰もが皆、自己から生まれる意見や発言については、誇って価値あるものにしていいと思うし、そうするべきだと思います。
また逆に、もしも自らそれを無価値だと言ってしまえば、いとも簡単に、一瞬で無価値になります。
自身の言動に価値があるかどうかは、自分次第で簡単に決められてしまうのです。
私たちは皆等しく、これから何年、何十年と、何かのために毎日頑張って生きてゆかねばなりません。そこで、
「自分の言動は無価値だ」と思ってその時間を過ごすか、「自分の言動には価値がある」と思ってその時間を過ごすかでは、生まれてくるものに大きな違いが生まれるのは当然です。
さて、その未来を想像したとき、果たしてどちらが「美しい」でしょうか。
答えは自明でしょう。実際に社会的価値があるかどうかはともかく、価値があると思っておくほうが、単純に「お得」なんです。お得すぎて鼻血が出るくらいです。
ただし、価値があるとしても持っているだけでは腐ります。本当に価値あるものとして認めるためにも『提供をすること』が大切であり、そのためには提供ができる環境が必要です。
それで、このブログ機能が生まれたというわけでした。
さて、ここまででも十分なボリュームになってしまったので、
「SNSの利用層の変化による影響」については、またの機会にお話ししようと思います。有料記事だったらすみません。その時の気分で決めます。
余談ですが、AIについての話になると、話が行きすぎてAIを敵視する方がしばしば現れます。
どちらかといえば私はバリバリにAIを使う側の人であり、敵視する意向はありません。このブログ記事の画像とかモロにAI生成です。あえてGeminiのウォーターマークすら消さずにそのまま掲載してます。
むしろAIをよく使うからこそ、AIに生み出せない価値・生身の自分にしか出せない価値というものを、よく理解できている方なのだと思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
